「安いモデルで30万円から」
1989年のパソコンは黒い画面にコマンド入力が常識で、それを扱う人はオタクと呼ばれた。
『機動警察パトレイバー the Movie』は、現代にも通用する、普遍的なテーマです!
バブル景気があってこそ許された空気
「見る者に与える心理的な影響まで考慮した~」の口上で始まる、生々しい警察もの。
はみ出し者の特車二課が扱うのは、巨大ロボット!?
体制に反逆するのが格好よかった時代
後藤警部補は、反体制に近いメンタルです。
学生運動が落ち着き、1972年の「あさま山荘事件」も20年ぐらい前。
そういった風潮で「理想の上司」でしたが、今は「優秀だけど関わりたくない人」へ!
事件解決のためには、部下を停職処分に追い込みますから……。
原作は少年漫画で、週刊少年サンデーに1988~1994年に連載。
「98式AV イングラム」は、1機につき56億7,000万円です。
「警視庁の金食い虫」と揶揄されるのも、むべなるかな。
民間の工場を買いとった敷地には、「警察官失格!」と言いたくなる面々です。
元の部署を追い出されたか、警察学校を出たばかりの新人だけ。
小隊長の後藤と南雲も、それぞれに訳あり。
警察官でありながら、上層部に面と向かって文句を言う。
その日のうちに辞めさせられそうだが、社会は救われます。
後藤警部補は、相手の弱みを握っての保身など、ダーティな立ち回り。
作中で、「公安の出身」と言われています。
パソコンが半年ごとに次世代へ進化
『機動警察パトレイバー』は、バブル期を象徴する名作。
特車二課には、冷房が効いている電算機室があり、ブラウン管のパソコンも。
篠原遊馬とシゲオの2人は、パソコンオタクとして、天才プログラマー帆場暎一の狙いを探るも……。
現実では、パソコンが半年ごとに性能アップをしており、Windows、ノーパソも登場。
エロゲについても、どんどん進化!
1991年、社会問題となった沙織事件があったものの、ここでは割愛します。
黒い画面でコマンドを入力することは、昔の常識。
ファイル1つを呼び出すにも、それを求められたのです。
この時代にパソコンをいじる人は、マイコン族と称され、今では信じられないほどの冷遇……。
「レイバーを動かしているOSに、帆場暎一の仕込みがあるのでは?」
警察の上層部は相手にせず、パソコンに詳しい人もいない。
遊馬とシゲは下町にある住宅で引き篭もり、必死に解析する日々。
「……何か、条件があるはずだ」
得体のしれないオタクという扱い
『機動警察パトレイバー the Movie』は、パソコンオタクを悪い人として描写。
冒頭で飛び降りる帆場暎一の顔は、まさにそれ……。
今でこそ、スマホのない生活は想像できませんが――
当時は、何をするにしても顔を合わせるか、固定電話だけ。
サーバーに集中処理をさせてのオンライン処理は、夢のまた夢!?
企業は終身雇用と年功序列で人を囲い込み、日雇いですら日当1万円オーバー。
銀行の融資は膨れ上がり、糊口をしのぐだけなら可能。
いっぽう、インターネットとサーバーが張り巡らされ、人海戦術は不要に……。
ネットウイルスを先取りした先見の明
社会を支えているシステムのOSが、そもそも信用できず。
考えるだけでも怖い事態は、『機動警察パトレイバー the Movie』が分かりやすい。
押井守監督とスタッフが絶妙なバランス
押井守監督は、説教くさい演出というか、独特のセンス。
この劇場版については、スタッフの抑制により、絶妙なバランスを保っています。
面白いうえに、メッセージ性がある。
原作のパトレイバーを知らずとも、「レイバーのOSによる暴走」というテーマで理解しやすい。
現代社会とあって、すんなり没入!
劇場版アニメは、マイナーです。
『ドラえもん』のように、国民的な作品を別として……。
『機動警察パトレイバー the Movie』は、劇場版らしく、全ての謎を解いての大立ち回り。
巨大ロボットがあるのなら、やっぱり戦わなくては。
携帯電話もない時代にここまで描いた
個人が携帯電話を持ったことで、大きな変化。
仲間うちでの口裏合わせが不可能になり、陽キャは個人に成り下がる。
パソコン普及も、当時はその影響をイメージしづらいが、社会的な変革へ……。
本人認証にすら使われるスマホは、OSに依存します。
全てを任せている端末が、実は信用できない!?
下手なホラーよりも、怖いです。
スマホのセキュリティは、趣旨から外れます。
けれど、持ち主が許可した範囲で動くアプリとは違い、レイバーのOSは強制。
次々と発生するレイバー暴走は、操縦士の責任と見なされ、迫る大暴走への備えはなし!
当時に出世頭だったサラリーマンや、重役。
それですら、「パソコンは大きな電卓」と、バカにしていた時代!
信じてくれた頃には手遅れという詰み
大きな被害を予防しても、英雄とは真逆。
「なぜ、それを事前に知っていた?」と疑われるのは、タイムリープのお約束です。
特車二課は警察官であるものの、警察の上層部は保身をするだけ。
オープニングで帆場暎一が自殺しており、「最初から負け戦なんだよ」という一言が全て。
法治国家における正義は、法律によって定義されるべき。
後付けで「帆場暎一の犯罪を立証する」という状況の中、特車二課のレイバー隊は方舟へ!
「過去へ戻って被害を防ぐことは、賞賛されるべきか?」
それと似たテーマである、警察官でありながら命令系統を無視しての独断専行。
正確には、「部長クラスが自分の保身をしつつ、黙認する」という四面楚歌ですが……。
精密に描くことを要求された時代
2024年のアニメは、現実と同じである必要はありません。
しかし、1990年代には、良くも悪くも、正しい描写であることが第一!
現代にも通じる生々しい怖さ
『機動警察パトレイバー』で、パソコンをいじる人はエイリアンと同じ。
けれど、社会に溶け込んだレイバーが、一斉に暴走することに……。
『パラサイト・イヴ』で、人間の中にあるミトコンドリアが離反するという事態。
それと似た、日常生活に必要な土台が崩れ去る!?
レイバーは、正しい意味でのSF。
運転免許の取得は、車のような利権になっているのでしょう。
バビロンプロジェクトで使われており、操縦できるだけで高給取りだと思いますが。
現に、商業港などの巨大クレーンの操縦も、立派な専門職です。
今のスマホは、「嫌なら乗るな」のレイバーとは違います。
持っていないと、保証書の再発行がなく、割引クーポンを受け取れず、セールのお知らせも届かない。
そのOSに、何かが仕込まれていたら?
得体のしれないシステムに全てを預けるのみ
スマホを持たないと、差別されます。
費用を減らしている企業は、どこもアプリに統合しているから。
格安のクラウドサーバーについても、企業向けが増えました。
外に出せないデータまで、送受信……。
そのサービスを提供している企業は、信用できるのか?
得体のしれないシステムに、会社の未来や、自分の全てを託せるのか?
安さだけを求めたら、手抜きのシステムによる情報流出。
でも、上層部は目先のコストダウンを評価。
「言われた通りに作ればいい」の大量生産は終わり、愚か者が消えていく時代へ。
開幕したときに怪しい人物はすでに死亡
『機動警察パトレイバー the Movie』は、帆場暎一を追い続けます。
事なかれの上層部に期待せず、特車二課の後藤と南雲は、独自に調査。
東京港にある、巨大な立体構造物。
その方舟はバビロンプロジェクトの象徴であり、滅びをもたらす存在です。
劇場版らしい描き込みでも、時代を感じるイラスト。
だけど、引き込まれる!
どのレイバーにも搭載されるOSで、プログラムという普遍的なもの。
疑わしい人物が死んでいるのに、どんどん追い詰められていく構図がとても面白いです。
分かっていても、止められない。
放送スケジュールに追われるテレビとは違い、劇場版はアートです。
視聴者と歩んできた特車二課は、最後の決断を迫られます。
鮮烈なイメージを残すオープニング
第一印象となるオープニングは、アニメ史に残る、素晴らしいバトル!
豪快に流れていく視点と、大きな悲劇を予感させる締めは、視聴者を魅了しました。
たった5分間で全てを表現した
この映画は、バブル時代が生み出した名作で、アニメ制作の予算もありました。
凝った演出が許される劇場版とはいえ、冒頭の夜戦を作るのは、2020年代には難しいでしょう。
いかにも怪しい男が飛び降りつつ、場面は夜の空挺降下へ。
自衛隊の白文字が描かれた、モスグリーンの航空機が低く飛ぶ。
後部から引き出されていくのは、巨大ロボット、レイバーです。
暴走した試作レイバーの制圧は、自衛隊の演習場で行われました。
万が一、外へ出てしまったら、被害への補償のみならず、軍のトップの首が飛びます。
穴だらけのレイバーで開かれたコックピットの中は……無人でした。
レイバーが配備された陸上自衛隊
巨大ロボットである、レイバー。
当然ながら、軍用兵器としても導入されています。
物理学で考えると、10m近くの人型なんぞ、歩いた途端に倒れて自重で大破するか、ダルマ落としのように足首から潰れていくそうですが……。
軍用レイバーは、20mm機関砲などを装備しています。
テレビアニメでも、陸上自衛隊の士官が出て、特車二課の泉野明と絡むことに。
実戦で使うだけに、被弾面積が小さくなり、安定している多脚戦車も。
射撃姿勢という点でも、こっちのほうが現実的ですが……。
「レイバーがある、近未来」
内骨格であるものの、重量として軽すぎる。
現に、パトレイバーの装甲はFRPで、強化プラスチックを貼り付けているだけ!
こんな代物で、他のレイバーとの格闘戦や撃ち合いなんて、自殺行為。
巨大ロボットが歩兵と戦列を組む異常さ
似たような設定では、1998年の『ガサラキ』がありました。
タクティカルアーマー(TA)という、4mの巨大ロボット。
『コードギアス』のナイトメアフレームと、ほぼ同じ身長。
ただし、TAは後部から乗り込み、立ったままの操縦で、パワードスーツに近いです。
TAは、ブラックボックスの人工筋肉による駆動。
機械工学だけで作られたレイバーと比べて、人間のように動きます。
そもそも、身長が異なりすぎて、バランスの制御だけでも違うのでしょうけど。
TAのほうは、人工筋肉のレベルで学習していくため、どんどん洗練された動きに。
前述したナイトメアフレームを見ても、圧倒的なスピードでした。
4mですら、過剰。
まして、10mとなれば、正気の沙汰ではありません!
冒頭の夜戦で、軍用レイバーが配置についた歩兵と肩を並べている図式は、わりとシュール。
操縦士なら、味方を誤射するか踏み潰しそうで、ロクに動けませんし。
歩兵では、落ちてきた空薬莢に当たるか、発砲音で鼓膜が破れそう、もし弾丸が飛んできたら……。
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』のオープニングも、耳を押さえる歩兵がいました。
根暗なパソコンオタクの逆襲
得体のしれない、陰キャ。
「パソコンオタク」と蔑称された彼らは、その評価に納得しておらず……。
俺たちがその気になれば、こうなる!
「人を馬鹿にするんじゃねえええっ! 今に見てろよ!? 俺たちが本気になれば!」
システムを知り尽くしている彼らの逆襲が、この劇場版です。
公開された当時に「根暗なパソコンオタク」とされた面々の怒り。
篠原遊馬は、その代弁者。
ATMが間違えると考える行員はおらず、スマホの情報が洩れているとは考えたくもない。
たとえ、その開発が下請けだらけで、金融システムですらギリギリだとしても……。
実際、2024年のランサムウェアは、日本のKADOKAWAグループを襲いました。
侵入されて多くデータを奪われた(と見なされています)のは、セキュリティの構造的な問題も疑われますが、大企業ですら潰されかねない状況。
今となってはバブルの残滓である、『機動警察パトレイバー the Movie』。
その本質は、自分がまったく理解していないシステムに依存することの脆さです。
「昔の話だろ?」と笑うわけには、いきません。
誰も信じてくれない中での奮闘
日本は、汗水を垂らすことを尊重します。
結果を出すかどうかは二の次で、デジタルの申し子であるネットとの相性が悪いのです。
「ネットで儲けるな!」と主張した嫌儲という勢力も、日本ならでは。
体育会系の頂点である、警察。
一般人ですらシステムの影響を信じていない社会で、誰も信じず、信じても惚けるだけの会議。
それでも、特車二課は出動する。
独立愚連隊だけど、警察の本分としての「社会の安寧と秩序を守る」という使命は遵守する。
事前の説明で、「台風ならば、仕方ない」と政治家のような発言で黙認した部長。
この時代だけに許された、リアリティとSFの両立です。
今は、「俺に勝てると思ってんの?」とイキった高校生が、チートで無双します。
レイバーいらないね、これだと。
東京で消えゆく景色というノスタルジック
私が一押しなのが、東京の景色!
後藤警部補と腐れ縁になった松井刑事は、若い部下を引き連れ、帆場暎一を調べます。
住民票の履歴をたどれば、住んでいた家は分かるものの……。
冒頭で自殺しただけあって、世界的だった暎一の住宅は、どれも貧困向け。
しかも、たった2年間で、20回を超える引っ越し!
こうやって刑事が調べることまで、想定済みだったと。
東京の川沿いにある、東南アジアで建設されたような、木造のバラック。
倉庫を兼ねた町工場のような建物には、無数の鳥かごも。
ハンカチで口を押さえないと危険な場所を歩けば、部屋の窓から高層ビルが視界に入ってくる。
「まるで、タイムスリップしたようだ……」
当然ながら、帆場暎一の手掛かりはなし。
わざと残されたカレンダーの裏には、聖書の一部らしき文字があっただけ。
成功者とは思えない、インフラのない倉庫のような部屋と、それらが朽ちたあとの景色。
「あいつは、俺たちにこれを見せたかったんだろうか?」
「この埋め立て地だって、10年前には海だった……。それも過去になる。ここはそういう街さ」