薬屋のひとりごとが売れた理由?タイミングと設定の他にもう1つ!

シリーズ累計4,000万部となった、大人気のラノベ。
それが、『薬屋のひとりごと』です!
業界が先細りと言われている中、これほどの売上になった理由とは?

女にとって理想の「ざまぁ!」で売れた

「後宮モノだから、売れた!」
間違っていませんが、ピントがずれています。

生々しい女社会でリアルが納得する空気

『薬屋のひとりごと』は、中華風のファンタジー。
女たちが暮らしている後宮で、次のきさき寵姫ちょうきとなるべく、熾烈な女の争いを繰り広げます。

日本の江戸時代にあった大奥も、将軍のための女だけ。
血筋が良い女が上となり、次の御台所みだいどころを決めるべく、陰湿な争い……。

主人公の猫猫マオマオがタフで修羅場になれているから、読者の視点ではカラッとしたまま。
けれど、周りは暗殺されたり、イジメの標的にされたり。
それなのに、表向きは仲が良いように振る舞う。

まさに、リアルの女社会!
女性であれば胃が痛くなるほど心当たりがある、解像度の高さ。
読めば読むほど、没入します。

男に媚びずに高飛車の女を屈服させる快感

猫猫はイケメンの壬氏ジンシと親しいが、ビジネスパートナー。
自分の知識と行動で、後宮にある謎を解決していく。

男にびず、格上の女をやり込める。
それも、現代でも通じる薬学、部分的な医学によって……。

誰がどう見ても相手が悪いか、人を殺傷した女。
そいつらを見つけて断罪するのは当然で、ケチのつけようがない。

それこそが、『薬屋のひとりごと』が大ヒットした理由。
彼くんや夫でポケモ○バトルをするのではなく、最初から最後まで自分の力!

誰もが納得する理由と方法で従属させる

フィクションにも、説得力が求められる!?
理想の「ざまぁ!」は男女で違うことも、忘れてはいけません。

男性の視点では、敵をやっつける。
物理的か、相手の立場をなくすことで。

いっぽう、女性でそれをやると、悪く思われます。
「暴力や権力に頼らなければ、相手に勝てないの?」という反論に。
どれだけ正しくても、その時点で終わり。

『薬屋のひとりごと』の猫猫は、誰もが納得する理由を突きつけ、上の女を屈服させます。
正義が悪を滅ぼしつつ、彼女の手は汚れていません。
どの女性も認める理想の「ざまぁ!」は、ここにあります。

薬屋が世に出た経緯を知ろう!

『薬屋のひとりごと』は、どのように成功したのか?
ここを知らなければ、正しく評価できません。

なろう黄金期にヒーロー文庫で書籍化

  • 2011年10月
    • 『小説家になろう』で連載スタート
  • 2012年9月
    • 主婦の友社の『Ray Books』から、単行本を発売
  • 2014年8月
    • イマジカインフォスのヒーロー文庫で、改めてリリース
  • 2017年
    • 月刊誌2つで、それぞれコミカライズ
  • 2023年
    • アニメ放送

2025年のなろう系は、蔑称となり果てた。
ラノベの帯にも、「なろう発!」と書きません。
けれど、『薬屋のひとりごと』が書籍化した2014年は、なろうの黄金期♪

2011年7月に『魔法科高校の劣等生』が書籍化!
さらに、2012年7月にも『オーバーロード』の登場。
2014年から、MF文庫などのレーベルが相次ぎました。

中華風ファンタジーの後宮は、女性向けに強い『アルファポリス』の領分。
「なろうで書籍化」と言えば、そのレーベルで出版するのが当たり前でした。
しかし、『薬屋のひとりごと』は、ヒーロー文庫から!
美麗なコミックで注目されて、キャラの心情が分かり「どのように推理したのか?」の原作も売れる、まさに相乗効果。

アニメ化する前から大ヒットしていた

特筆するべきは、アニメ化する前に、大成功ラインで売れていたこと!
『転生したらスライムだった件』と並び、売上ランキングの常連。

女にとって理想の「ざまぁ!」は、動きや声がなくても楽しめます。
むろん、金を惜しまなかったことでアニメが大成功したのも、大きなブースト。

殺人などの凶悪事件が進み、それを突き止めることでの緊張感。
猫猫と同じ視点になった読者は、自分のペースでゆっくり考えます。
それでいて、高慢な女の鼻っ柱も叩き折る。

私が秀逸だと思ったのは、猫猫を医者ではなく、薬師にとどめたこと。
民間療法としての薬草なら、多少のアラがあっても誤魔化せます。
文明レベルでも、先進的な医学があったら不自然。

なろうに掲載していたが「なろう系」ではない

『薬屋のひとりごと』は、『小説家になろう』で連載中(2025年3月)。
でも、「文芸の推理」というカテゴリで、なろう系にあらず!

これはライト文芸とも呼ばれており、一般文芸に近いポジション。
現に、猫猫はスキルのようなチートを持っておらず、ほぼ現実という世界観。

「中華風ファンタジーの後宮だから、人気が出た!」
ナーロッパと呼ばれる、欧州の中世をテーマにした世界は、もう食傷ぎみ。
その意味では的を射ているが、本質ではありません。

大ヒットの恩恵にあやかろうと、中華風ファンジー、特に後宮モノが増えました。
だけど、異世界恋愛にしちゃったら、売れた要素を取っ払うだけ。
薬屋がワクワクするのは、「禁断の恋で無理に進める必要がない」という設定ゆえ。

第二の薬屋が出てこない理由3つ

『薬屋のひとりごと』は、ラノベの復権や、女性向けの躍進にあらず!
第二の薬屋が出てこない理由とは?

ラノベ業界が小さくなりすぎたから

2025年のラノベ業界は、黄金期だった10年前と比べて半分以下!?
どんどん縮小していき、復権はもはや不可能。

出版社も商売でやっているから、手の込んだ作品をピックアップする余裕はなく。
また、ユーザーも無料、お手軽なエンタメで済ませる。

小さな子供ですら、スマホで月額いくらのサブスクを利用する。
そのいっぽう、書店は潰れていき、「紙の本を手にするのは図書室だけ」という層がメインに。

ネットには、TouTubeなどの動画サイト。
見ているだけで、一生が終わります。
また、『小説家になろう』を始めとする、誰でも投稿して閲覧できる小説サイトも!
お金を払ってまでラノベを読む人は、どんどん減っている。

薬屋がいた文芸の推理はマイナージャンル

『薬屋のひとりごと』は、なろう発!
けれど、そのカテゴリーは「一般文芸・推理」です。

素人が投稿するサイトで筆頭というだけで、なろうのテンプレに沿っていません。
主人公の猫猫はもちろん、他のキャラにも異能はなく、現実とほぼ同じ。

一般文芸はPV(ページビュー)が少なく、ランキング上位でも異世界ファンタジーの1/100に満たない。

薬屋は『なろう』の書籍化が増えていく序盤で拾われ、予想外の大ヒット!
ライト文芸とも呼ばれるカテゴリーは細々と書籍化されており、異例中の異例。

本当の名作が注目されずに埋もれたまま

第二、第三の『薬屋のひとりごと』は、いくらでもあります。
けれど、面白いから売れるわけではなく、編集部もマイナーで拾うギャンブルを嫌う。

前述したように、ラノベ業界はもう荒地!
なろうでランキング上位になった作品を書籍化コミカライズで、売り逃げ。
編集の仕事である修正は行わず、スピードのみ。

出版社もビジネスでやっており、編集会議で「これは第二の薬屋です!」と言ってもダメ。
「だったら、同じぐらい売れるな?」と返されて、詰みます。
それと同列にされたら、目標を達成できるわけがない!

売れるはずの名作は、いつまでも埋もれる。
今の出版社で、「2つ、3つを外しても、1つを当てればいい」が通じず。

優秀だけど薄幸の少女である猫猫

主人公の猫猫は、不幸です。
だから、同性に厳しい女性に支持されました。

人生を滅茶苦茶にされた猫猫

冒頭で攫われ、後宮の下女として売られた猫猫。
去勢された宦官かんがんと、皇帝の妃候補だけがいるクローズドサークルへ……。

次の皇帝となる男子を産めば、その女性は妃、あるいは側室。
権力争いの最前線で、自分がついた候補者の浮き沈みにより生死も変わる。

表向きは和やかでも、水面下ではネガキャン、冤罪えんざいによる蹴落としが続く。
暗殺もよくあり、下女はストレス解消でイジメ殺されるほど。

猫猫は、そんな地獄にも動じません。
第三者の立場でいるから、読者にストレスを与えない構図。

後宮の権力争いにガッツリ巻き込まれた

知識人であるとバレた、猫猫。
宦官の壬氏に利用されつつも、彼女の正義感によって事件が解決されていく。

前述したように、後宮は命と尊厳の奪い合い。
有力者の庇護を得たものの、猫猫は下女にすぎず、理由なしで殺される立場。

日本の江戸時代にあった大奥には、階級がありました。
御末おすえ御端下おはしたと呼ばれる最低ランクは、あらゆる雑用の他に、水汲みなどの重労働。
キツすぎて、井戸に身投げする女性も。
契約社員と同じで、猫猫も「数年後の年季明けまで大人しくするか……」とあります。
住み込みで給金も出るが、現金ではなく、支給した着物などを与えることも。

どんどん明らかになっていく真実は、皇帝の暗部にすら?
後戻りできない、猫猫。
妃候補をおとしめる事件があれば、その実行犯は対立している派閥だから。
下女の命の軽さを知ると、彼女の行動のヤバさが分かる♪

自己主張と薬学の知識でいずれ破滅!?

『薬屋のひとりごと』の通り、猫猫はマイペース。
ドロドロした後宮でも、興味のある薬学だけ。

舞台となっている世界観では、薬学の知識だけでプロと同じ。
逆に言えば、猫猫は、一部が独占している領域を犯しているのです。
作中でも、その点がどんどんクローズアップ。

近世まで、あるいは現代でも、薬学の知識と実行は有資格者だけ!
無資格の彼女は、その道のプロからすれば、忌々しい限り。

猫猫には、主人公補正があります。
けれど、ワガママによる行動は、いずれ清算するべき。
彼女が暗殺されるか、濡れ衣を着せられての処刑などで……。

異世界恋愛へのアンチテーゼ

壬氏に特別扱いだが、どちらも利用するだけ。
クール女子と溺愛するイケメンの関係で、『薬屋のひとりごと』は覇権に……。

溺愛してくれる彼に丸投げしないことで女性ウケ

猫猫は、自分で考えて動きます。
壬氏に相談したり、助けてもらったりするものの、それはサポートの範囲。

「溺愛してくれる彼くん♪ 私は嫌だけど、彼くんが許さないって言うから~」
異世界恋愛のテンプレは、ここにありません。
だから、女性に強く支持されています。

一般文芸の推理モノとして、ノイズを省いたのでしょうが。
読者が自由にイメージできる、という長所にも!

女社会でたくましい猫猫は、我が道を突き進みます。
シャーロック・ホームズそのもので、「己の美学にどうなのか?」というだけ。

女子から高齢者まで共感する絶妙なバランス

普通の文芸作品としては、ファンタジー。
けれど、世間から支持されるキャラと世界観、ストーリー!

現代社会の生々しい事件を扱っている一般文芸よりも、夢を見られる。
それでいて、なろうの臭さがない。

『薬屋のひとりごと』は、女子から高齢者まで共感する作品。
アミューズメント施設にある、推理を楽しめるアトラクションのように……。

一般文芸とラノベの、良いところ取り。
普遍的に通用することで、薬屋はメガヒットになりました。
殺人事件ということを除けば、児童文学としても通用。

シリーズをまとめ買いする女性が目立つ

興味深いことに、アニメ化をする前に1,000万部オーバー!
それも、まとめ買いをするケースが多い。

恋愛の要素をしっかりと排除しているため、純粋な推理モノ。
男性が買っても悪くないですが――

やっぱり、女性向け!
完全に閉鎖された女社会で生きる、カースト最底辺の少女による成り上がり。
それも、女にとって最高のざまぁで!

どのキャラも破綻せず、ストーリーも読みごたえがある。
漫画にいたっては、何度でも読みたくなる。
『小説家になろう』で薬屋の劣化コピーが増えたが、どれも足元に及ばず。
そもそも、テンプレじゃなく、文学作品ですから。